綾里様から頂いたサイト引っ越しのお祝いです
長々と書いた私の亜美ちゃん理想像を書いて下さいました!!
内容が進悟君目線だから感情移入がしやすく、私の理想の亜美ちゃんそのもの
そして大気さんも登場してしまうので進悟君が切なすぎる・・・
きっとそうやって彼は大人になって行くのですね…
甘酸っぱすぎる恋のお話、でもそのおかげで亜美ちゃんの素敵さが際立ってます!!
素敵なお話ありがとうございました
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「
初戀」 written by綾里様
土曜日の午後一時を少し過ぎた頃、お昼を食べてリビングでパパとゲームをしていた時だった。
───ピンポーン
「ん?誰か来たな」
いつもならママが出るんだけど、今日は友達と買い物に行くって朝早くから出かけてていない。
姉貴は二階にいて起きてるはずだけど降りてこない。と、なると。
「俺が出るよ」
スタートボタンを押して、ゲームを中断すると玄関に行って鍵を開ける───前に。
「どちら様ですか?」
宗教の勧誘とかだと「キョーミアリマセン、オヒキトリクダサイ」で追い返せばいい。
そう考えていた俺の耳に入ってきたのは
「こんにちは、水野です」
夏の暑さも吹き飛ばしてくれそうな透明感あふれる涼やかな声だった。
───ガチャ バンッ!
すぐに鍵とドアを開けると、そこには……。
「こんにちは、進悟くん」
そう言って優しい笑顔を見せる亜美さんがいた。
「あ、あ、い、いらっしゃいませっ!」
思わず頭を下げてそんな事を言ってしまう。
わーっ!何やってんだ俺っ!
「進悟?誰だったん───やぁ、水野さん。いらっしゃい」
リビングからパパが出てきて亜美さんを見て笑う。
「こんにちは」
パパに挨拶をしてペコリって頭を下げる亜美さん。
「うさぎーっ。水野さんが来たぞーっ?」
パパが二階に向かって声をかけると、姉貴よりも先にルナが下りてきた。
「ルナ♪」
亜美さんがすごく嬉しそうにルナを抱き上げて頬ずりする。
「こんにちは、ルナ」
「にゃお♪」
うちのペットにまで笑顔できちんと挨拶する亜美さんはもうきっと天使かなにかだと思う。
「亜美ちゃん、いらっしゃ~い♪」
「こんにちは、うさぎちゃん」
「うん。こんにちは」
えへへと仲良さそうに笑いあう姉貴と亜美さん。
どうして、うちのバカ姉貴が天才少女と謳われる亜美さんとこんなに仲がいいのかわかんないけど、まぁ、そのおかげで俺も亜美さんと親しくなれたわけだし…な。
「上がって上がって♪」
「えぇ。お邪魔します」
「今日はお勉強会かなにかかい?」
「うん♪亜美ちゃんに夏休みの宿題教えてもらうの♪」
ちなみに今日は7月23日で、夏休みが始まって数日しかたってない───はずだ。
俺は一瞬、家の日めくりカレンダーを見る。うん。間違ってない。
なんてったって毎日俺がピリピリめくってる!今日もめくった!だから絶対に間違いない!!
8月23日とかの絶望的な日にちじゃない…ないんだ…。
「「な、なんだってーーーーーっ!!?」
俺とパパが叫ぶと、亜美さんは驚いたように目を丸くして、姉貴は「もうっ!二人してなんなのよ~っ!」て怒った。
だってそうなるのは当然だ。
小学生の頃から毎年毎年、夏休みの終わりにピーピー泣きながら宿題地獄に追われるあのバカ姉貴が七月中に“宿題”なんて単語を口にするなんて……
「いきなり東京湾に台風でも発生するんじゃねーの…」
かなり本気でそう思った俺は携帯で天気予報を確認した。
『本日は雲ひとつない青空が広がり、雨の心配はないでしょう』か。
「し~ん~ご~っ!あんたねぇっ!!」
「バカうさぎが七月なのに宿題なんて言うからだろ!」
「ぬわんですってぇ~っ!!」
「なんだよ!」
「ふふふっ」
いつもならママの「二人ともいい加減にしなさい!」の一喝が飛んでくるのに、俺の耳に飛び込んできたのは亜美さんの笑い声。
しまった…ついいつものくせで…やっちまったぁっ!
亜美さんを見るとくすくすと楽しそうに笑いながら、俺と姉貴のやりとりを見ていた。
きっと呆れられた…ガキだって思われた…サイアクだっ!
「ふふっ、ごめんなさい。笑ったりして、うさぎちゃんと進悟くん、とっても仲良しだから」
亜美さんはそんな事を言って、とても優しく笑った。
バカうさぎのせいで、亜美さんの前で恥かいたじゃないかっ!
俺は恥ずかしさでたまらなくなって何も言わずに、二階の自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れこんで天井を見上げる。
「くそっ…」
思わずぼやく。
久しぶりに亜美さんに会えたのに、姉貴とムキになって姉弟喧嘩なんて、すごくカッコ悪いとこ見られた。
初めて会ったのは俺がまだ小学生の時で、亜美さんが中二の時だった。
『こんにちは、進悟くん。はじめまして。水野亜美です』
そう言って優しく微笑んで丁寧にお辞儀をした亜美さんは、おしとやかで俺はすごく憧れたんだ。
姉貴の友達は活発な人が多い中で、亜美さんは少し雰囲気が違った。
姉貴達と一緒になってはしゃいでる時もあるけど、どっちかと言えば一歩下がって姉貴達を見てる感じがした。
それに、なによりも亜美さんはびっくりするくらいに頭が良かった。
十番中学で学年トップなことはもちろん、全国模試でも一位をとれる程の秀才。
『IQ300の天才少女』
なんで私立の中学に行かなかったんだろうって思ったけど、亜美さんが十番中学に行ってなかったら姉貴と友達になってることもなかったんだろうなって思う。
───コンコン
控えめなノックの音。
誰だ?別に姉貴がノックしないって意味じゃなく、その前に「ちょっと!進悟~!」とかなんとか言うから、だから違う。絶対に違う。
そしてパパでもない。パパならもっとはっきりしたノックをする。
と、なると……この家にいるのは亜美さんか、ルナだけだ。
───コンコン
もう一度、さっきよりは少し大きめなノックの音。
「進悟くん?」
「っ!はいっ!」
亜美さんの声が聞こえた俺はとっさに返事をしてドアを開けると、目の前にいた亜美さんが俺を見てホッとしたように微笑んだ。
そして「さっきはごめんなさい」と言って頭を下げた。
「え?」
俺は突然のことに面食らう。
なんで亜美さんが謝るんだ?
「あたしが笑っちゃったから、進悟くんに嫌な思いをさせてしまったのかと思って…」
「っ!違うよ!俺が勝手に…」
ガキみたいに拗ねて部屋に戻ったのは俺なのに、なんてひとりでぐるぐる考える。こんな時なんて言えばいいんだろう…。
なんて言ったらいいのかわからなくてそのまま言葉に詰まる。
「あのね、慎吾くん」
俺が思わず黙ってしばらくすると亜美さんが静かな声が聞こえた。
「あたし一人っ子だから、姉弟喧嘩とかって経験なくて少し羨ましいなって思って、だからつい笑ってしまって、本当にごめんなさい」
顔を上げると申し訳なそうに俺を見つめる亜美さんがいて俺は後悔する。
俺、何やってるんだよ…亜美さんにこんな顔させてっ!
「違うんだ!さっきのは、俺が、勝手に拗ねた、みたいなモンだから…亜美さんは気にしないでよ」
「でも」
「ホントに、亜美さんのせいじゃないからさ」
俺がそう言うと亜美さんは小さく頷いてくれた。
亜美さんが俺を見てにこりと微笑んだ。
「な、なに?」
「ううん。前に会った時進悟くんあたしとほとんど同じくらいの身長だったのに、いつの間にか抜かれちゃったなぁって思って」
そう言われれば、亜美さんが小さい。
さっきは玄関のところだったから当たり前だったけど。
「今、何センチ?」
「えっと、165かな」
「そう。まだまだ大きくなるんでしょうね」
「うん!せめてまこと姉ちゃんよりはデカくなりたい」
俺が言うと亜美さんは楽しそうにくすくすと笑った。
「あーみーちゃーん?」
下から亜美さんを呼ぶ姉貴の呑気な声と、階段を登ってくる足音。
「あっ!進悟!あんたが拗ねるから亜美ちゃんが気を遣っちゃったんじゃないのよ!」
「なん「違うのよ、うさぎちゃん」
俺を見るなりそんな事を言う姉貴にカチンときて、言い返そうとしたら亜美さんがやんわりと、だけど、はっきりと俺の言葉を遮った。
「さっきのはあたしがいけなかったもの。だから」
「そーんな事ないよぉ。あれくらいの姉弟喧嘩なんて毎日なんだよ?亜美ちゃんが謝る事じゃないよ」
「そうだよ。バカうさぎがガキみたいに俺につっかかるのなんて今に始まった事じゃないんだから、亜美さんは気にしなくていいよ」
「なんですってぇーっ!大体あんたはお姉ちゃんにいっつもエラソーなのよ!」
「なんだよ!高三にもなってもいまだに遅刻して、忘れ物までしてるなんてガキじゃないか!」
「ーっ!くぅぅぅっ…亜美ちゃぁぁぁぁん」
そこで亜美さんに泣きつくなんてずるいだろ…
亜美さんは姉貴をよしよしと優しい手で撫でている。
「ったく…そーゆーとこがいつまでもガキだってんだよ。バカうさぎ」
小さくぼやいて二人を残して一階に降りようとした時、ちらりと見ると亜美さんとばっちり目が合った。
両手でごめんと合図を送ると亜美さんは柔らかく笑って小さく頷いてくれた。
その笑顔に俺の心臓がバクバクとうるさくなる。
下に降りるとパパがソファに座って新聞を読んでて、俺に気付いくとテレビを指差す。
そう言えばゲームの途中だった事を思い出した。
リモコンを持ってテレビを切り替えるとさっき中断したところから再開する。
決着がつくまであと少しだったのですぐに俺が勝った。
「うさぎと水野さんは?」
「ピーピー泣いてる姉貴を亜美さんがなだめてるよ…ったく…」
俺は文句を言いながらも、さっきの亜美さんの笑顔を見られたことには姉貴に感謝しなくちゃならないと思った。
「進悟」
「なに?」
「あんまりうさぎをいじめるなよ?」
「いじめてねーよ!つーかパパは姉貴に甘すぎんだよ!」
「そんな事はないぞ!パパは進悟だって可愛いぞ!」
「なっ!気持ち悪いよ!!」
まったく…恥ずかしげもなくこういう事を言ってくれるのは、嬉しいけど、中学生にもなるとくすぐったくて素直に喜べない。
「き、気持ち悪い…」
「ーっ、は、恥ずかしい、だろ」
「そうか。進悟ももう中学二年だもんな。彼女とかいたりするのか?」
「いない」
「好きな子くらいいるだろ?」
「それ…は」
俺は思わず言葉に詰まる。
とっさに亜美さんが浮かんでドキリとする。
「べ、別にそんな子いないよっ!」
俺は思わずムキになってパパに言い返す。
「お?そうなのか?」
パパは分かったのか分かってないのかのほほんと笑ってる。
「パパ」
「なんだ?」
「この勝負が終わったら俺も宿題するよ」
「そうか」
「うん、宿題終わんの姉貴に先越されたくねーし」
「そうだな」
「うん」
その後すぐに勝負は俺の勝利で決着。パパは相変わらず格闘ゲームが苦手だ。
俺の部屋の前にはまだ姉貴と亜美さんがいた。
「あれ?進悟、パパとゲームしてたんじゃないの?」
「終わった。俺も今から宿題」
「マジメにやんなさいよ?」
「それはこっちのセリフ。俺は夏休み前からちょっとずつやってんだよ」
「うそっ!いつの間に…っ」
「亜美さんに迷惑かけんじゃねーぞ」
「かけないわよっ!」
「どーだか」
俺は鼻で笑うと自分の部屋に戻った。
「もぉーーーーっ!つかれたぁぁぁぁぁっ!」
部屋に戻って英語の宿題をしていた俺の耳に、姉貴の絶叫が聞こえた。
時計を見ると勉強をはじめてざっと一時間ってところか…あの姉貴にしては上等だな。なんて思いながら、俺はシャーペンを置くと体を伸ばす。
姉貴と違って勉強が出来ない方じゃないから、ここまで特に問題はなく進んできた。
ただ、せっかく亜美さんがいるんだし分からないふりして聞きに行けば話すチャンスがあるよな…。
って、何考えてるんだよ!夏休み最期に姉貴に泣きつかれないためにもここで邪魔は…いや、でも…ちょっとくらい、なら。
「はぁっ、お茶でも飲もう」
ノートを閉じて部屋を出る。
俺は結局、自分の分と姉貴と亜美さんの分のアイスティーと、ママがおやつにと作っておいてくれたクッキーをトレイにのせて姉貴の部屋に持っていった。
───ゴンゴン
行儀悪いけど両手がふさがってるから足で…。ごめんなさい。
「ふぁ~い?」
「お茶とおやつ持ってきた」
「あんがと。入っていいわよ」
「えらそうだな…手、ふさがってるから開けてくれよ」
「えーっ」
姉貴は文句しか言えねーのか!
───ガチャ
「あのなぁ…文句ばっかり言うんなら───」
「ごめんなさい。わざわざありがとう」
「亜美さん!?っ、おい!亜美さんに開けさせるなよな!」
「だぁってぇ、疲れたんだもん」
机に突っ伏した姉貴にとっさに怒鳴る。
「ったく…お客さんに何させてんだよ…ごめん。亜美さん」
「ううん。わざわざありがとう」
そう言って笑う亜美さんは優しい笑顔を見せる。
「っ/// 別に俺が勝手にやってるだけだし、亜美さんは気にしないでよ」
「でも三人分だと大変でしょう?」
「そうでもないよ」
姉貴の部屋に入ると、トレイを置きやすいようにと広げていた問題集や参考書やノート類を亜美さんが手早く片付けてくれた。
「ありがとう。おい…亜美さんに全部やってもらってんなよな」
「あたしは一時間も勉強頑張ったのよ!疲れてんの!」
「学校の授業時間と対してかわんねーだろ!」
「まぁまぁ、でもうさぎちゃん本当に頑張ったのよ進悟くん」
「……クッキー食えよ。持ってきたから、じゃあな」
なんとなくバツが悪くなった俺は、自分のアイスティーを持って部屋を出て行こうと立ち上がる。
「進悟くんのクッキーは?」
「俺は別にいい」
「ダメよ。せっかく持って来たんだったら進悟くんも食べないと、ね?」
そう言って微笑む亜美さんに、勝てるはずがなくて、姉貴もうんうん頷いている。
「そーよ!あんたも宿題頑張ったんだから食べていきなさい」
だからなんでそんなにえらそう…
「それに、宿題でわかんないとこあったら、亜美ちゃんが教えてくれるんだから」
「そうね。あたしでお役に立てるなら」
前言撤回!感謝しますオネーサマ!
「じゃああとで、お願い、します」
「えぇ」
数学の問題集に一通り目を通していた時に後半でちょっとわからないところがあったから、そのへんを教えてもらおうと思いながらアイスティーを飲む。
「んーっ♪おいひーっ♪」
姉貴がリスみたいにほっぺたを膨らませてクッキーを頬張っている。
「まったく…そんなに慌てて食わなくても誰もとらねーよ…」
俺が言うと亜美さんがくすくす笑う。きっと慣れてるんだろうな。
「亜美さん、姉貴に全部食べられる前に食べた方がいいよ」
「えぇ、ありがとう。いただきます」
亜美さんがクッキーを一枚取って口に運んで、サクッと音を立てて食べる。
至って普通の食べ方なのに姉貴があぁだからか上品に見える。
「ホントに美味しいわ」
「でっしょ~♪」
なんで自分で作ったみたいに自慢気なんだよ…とは思ったけど、口に出すとまた姉弟喧嘩になって亜美さんを困らせるからやめておいて、俺も姉貴に全部食べられる前にクッキーを食べる。
「ごちそうさまぁ♪」
「ごちそうさまです」
「ごっそーさま」
クッキーを食べ終わって再び勉強に戻ろうとする亜美さんだったけど、姉貴がもうちょっとだけ休憩したいとダダをこねた。
亜美さんはさすがに困ったような表情を見せる。そりゃあ軽く30分は休憩したからな。
「うさぎちゃん、29日までに三分の一を終わらせるんでしょう?」
「そんなのムリだよぉ……」
「星野君もうさぎちゃんも7月が終わるまでに三分の一は終わらせるって自分で言ったでしょう?それにどっちが早く終わらせるか勝負するんじゃなかったの?」
「もーいい、負けでいい。ムリ……」
うわ…姉貴と星野兄ちゃん高三にもなって、そんなガキみたいな勝負してんのか…。
俺が呆れていると、弱気な発言をする姉貴に亜美さんはふぅっと息をついた。
「……そう、じゃあうさぎちゃんは星野君のお誕生日パーティー参加出来なくてもいいのね?せっかくみんなでお祝いしようって言ったのうさぎちゃんなのに…っ」
「えっ!?それはするよ!」
「でも、星野君もうさぎちゃんも自分達で宣言した目標を終わらせてないとパーティーしないって言ってたわよ?」
「だれが?」
「……夜天君とレイちゃん」
「えぇっ!?なんでその二人なの!なんで~っ!?」
「それはその話をした時に二人が同じような反応をしたから…ね」
それぞれうさぎと星野から「勝負する」と話を聞いたレイと夜天。
「そうでもしないと星野君もうさぎちゃんも絶対に宿題しないで二人で『これからやるもん』とかって言って、最終的には大気さんとあたしに泣きつくことになるだろうから、それくらいした方が絶対にいいって言って」
レイが亜美に、夜天が大気にそう言ってそのことを伝えるように頼まれたのが昨日のこと。
「あんの…ツンデレコンビめぇぇぇぇぇっ!」
姉貴が項垂れながらわけの分からない悪態をつく。
亜美さんがくすりと姉貴に微笑みかける。
「せめて三分の一が終わるまであたしが責任を持って教えるから、一緒に頑張りましょう?ね?」
「うぅっ……分かった。頑張る」
「えぇ」
姉貴はやる気になったのか数学の問題集に取り組み始めた。
「じゃあ、俺も部屋に戻るよ」
「えぇ、お茶とクッキーをありがとう。進悟くん」
亜美さんが俺に微笑みかけてくれる。
「ううん。あ、亜美さん…その…後でいいから、教えてもらっても、いい、かな?」
姉貴のやる気に水を差さないように、と、恥ずかしいから少し小声でそう言うと、亜美さんは小さく頷いてくれた。
「それじゃあ、次のうさぎちゃんの休憩時間にお部屋にお邪魔してもいいかしら?」
「う、うん!えっと、じゃあ。よ、ヨロシクおねがいシマス///」
「えぇ」
俺は急いで部屋に戻ると、慌てて掃除をはじめた。
亜美は真剣な表情で問題を解くうさぎに意識を傾けながら、自分の宿題に手を付ける。
亜美はレイから頼まれたのだ。
「きっとうちでみんなでやるといつもみたいにマンガ読んだり、美奈子ちゃんとふざけて進まないと思うから、そうならないように亜美ちゃん、手が空いてる時でいいからうさぎの宿題見てあげてくれない?」と。
亜美は快く承諾した。
その話を大気にすると「では、私は責任を持って星野の面倒をみますよ」と笑っていたので、あちらは大気に任せておけばなんの心配もない。
うさぎは先ほどのレイと夜天の“脅し”が効いたのか、わからないところを亜美に聞きながら真面目に問題を解き進めていく。
「ふぅっ…」
「お疲れさま」
亜美に言われてところまで解いたうさぎが机に突っ伏す。
「亜美ちゃんのおかげで助かるよぉ~。あたし一人だときっとまだ1ページ目だったもん」
「そんな事はないわ。だってうさぎちゃんきちんと理解出来てるじゃない」
「そっかなぁ?えへへ」
「そうよ。でも、ところどころ計算ミスがあるわね。解き方は間違っていないのにこれはもったいないわ」
「はぁい」
「さて、それじゃあうさぎちゃんは少し休憩したらまずは計算ミスのところやり直してから、自分で出来る教科をしておいてもらえるかしら?」
「えっ?亜美ちゃんもう帰っちゃうの!?」
言いながら立ち上がった亜美の言葉にうさぎが慌てる。
「ううん。進悟くんのところよ」
「あ、そっか。進悟の部屋に行くの?」
「えぇ」
「そう、なんだ。いって、らっしゃい」
「えぇ、行ってきます。それじゃあきちんとやっておいてね?」
「うん」
ぱたんと閉まったドアを見つめてうさぎは小さくため息をつく。
「大気さんが、あたしの弟とは言え亜美ちゃんが他の男の部屋に入ったとか知ったら、きっとおもしろくないんだろうなぁ……」
大気の黒い笑顔を思い出したうさぎの背中にゾワリと悪寒が走る。
「まぁ、亜美ちゃんはニブチンさんだから、そんな事気付いてないんだろうけど……」
なんとなく、うさぎは弟である進悟が自分の親友の少女達の中で、亜美に対してだけ態度が違うような気がしている。
「考えすぎだよね。きっと」
うさぎはうんうんと頷くと、渇いた喉を潤すため部屋をあとにした。
約束通り部屋に来てくれた亜美さんを俺は緊張しながら迎え入れていた。
「ご、ごめん。わざわざ」
「大丈夫よ」
にっこりと笑顔を見せる亜美さんにドキリとする。
「あ、えっと/// この問題集の後半、なんだけど」
「後半?」
「うん。あ、まだこんなにやってないんだけどパラパラ見てたときにちょっとわからなくて。せっかくだから教えといてもらおう、かなって。ダメかな?」
「ううん。ダメじゃないわ」
教えてもらいやすいようにと勉強デスクではなく、友達が来た時に出すテーブルを引っ張り出してくると、亜美さんが正面に座った。
「えっと、ここのページの、ここなんだけど」
亜美さんが覗きこむようにしたから、ぐっと距離が近づく。
「っ///」
わっ!近い!それにすっげぇいい匂いだ。なんだろう…石鹸みたいなシャンプーみたいな優しい匂い。
俺はドキドキしすぎて思わず亜美さんの顔を見つめる。
「ここはね───」
亜美さんの透明感のある声は出会った頃と変わらない。
はじめて出会った頃は“可愛い”印象のあった幼い顔立ちは、いつの間にか大人っぽくなり“綺麗”になっている。
「それで、ここのxにここで出た答えを───」
勉強や本を読む時だけにかける眼鏡越しに見えるのは、少し伏せられた長い睫毛。
それと宝石みたいなキレイな青い瞳が
「進悟くん?」
俺を見つめて心臓が跳ねる。
「ちゃんと聞いてた?」
「あ、ごめんなさい…ゼンゼン聞いてませんでした…」
叱るように言われて素直に謝ると、亜美さんは心配そうな表情を見せる。
「大丈夫?休憩するならまたあとでくるけれど」
「ううん。大丈夫!ごめんなさい」
聞いていなかったのは俺だし、それにそもそもこの一時間ほどは勉強せずに部屋を片付けていたから、別に疲れてはいない。
むしろ亜美さんの方がさっきまで姉貴の勉強を見ていたはずで、疲れていないのかと心配になってしまう。
「亜美さん、もう一度お願いシマス」
「えぇ、分かったわ。口で説明するだけだと分かりにくいかもしれないから」
そう言うと亜美さんは自分の持ってきたルーズリーフを取り出して、そこにスラスラと水色のシャーペンを走らせる。
うわ、亜美さん指ほっそ。手も俺より小さいし、それにしても亜美さん反対から文字の読み書き出来るとかすごいなぁ。それなのに字めちゃくちゃキレイだし…
亜美さんの持つシャーペンの動きを見つめながらぼんやりとそんな事を考えていると、ピタリとその動きが止まった。
「?」
「しーんーごーくん?」
「はいっ!」
「聞いてなかったでしょ?」
「ごめんなさい!いや、亜美さん反対から文字書けるなんて器用だなって…思って…ごめんなさい」
「うさぎちゃん達に勉強を教えてるうちに自然と、ね」
そう言ってくすくすと笑う亜美さんにつられて笑う。
「うちの姉貴に勉強教えるの大変じゃない?」
「はじめは全然真面目にしてくれなかったけれど」
そう言って亜美さんは少し困ったように笑う。
「でも、みんなでお勉強会をすることが習慣になってからは変わったわね」
「へぇ」
俺は亜美さんの言葉にちょっと驚く。
「高校受験の時もすごく頑張ってたでしょ?」
「あ、確かに」
ピーピー言いながらも勉強してたし、それにちゃんと合格したし、留年もしてないもんな。
「それに、やる時にはきちんとしないとあたしとレイちゃんに怒られるものうさぎちゃんと美奈子ちゃん」
この言葉に俺は本気で驚いた。姉貴が“怒りんぼ”と言っているレイ姉ちゃんはともかくとして。
「えっ!?亜美さんって怒るの?」
「っ!?」
俺の言葉に今度は亜美さんが驚いたように目を丸くした。
「ふふっ、当然よ。あたしだって怒る時はあるのよ」
「そう、なんだ?でもなんて言うか」
「うん?」
「亜美さんは“怒る”よりも“叱る”ってイメージ、かな」
亜美さんは自分の感情よりも相手の事を考えて動く人だと俺は思ってるから。
そう言うと目の前で亜美さんが真っ赤になる。
「っ///」
そんな顔も可愛いなって思った。
その後、進悟は亜美から四十分ほど勉強を教わった。
「ありがとう、よくわかった」
「それは良かったわ。進悟くん、飲み込み早いわ」
「そうかな?まぁ、姉貴よりは断然いいとは思うけど」
「もう、自分のお姉さんをそんな風に言ってはダメよ?」
「亜美さんは姉貴に甘すぎ…」
「そんな事ないのに、みんなそう言うのよねぇ」
「それって亜美さんがそう思ってないだけだよ…あんまり甘やかしちゃダメだよ」
亜美は進悟の言葉に苦笑する。
大気も同じような事を言っていた。
「それでなくても星野が月野さんを甘やかしてるんですから」と。
───コンコン
「どーぞ」
進悟が返事をするとドアがガチャリと開きうさぎが顔を覗かせる。
「亜美ちゃ~ん?まだ帰ってこないの~?」
「うさぎちゃん。どうしたの?」
「ん…一人だとなんか……それに進悟に亜美ちゃん取られっぱなしも悔しい」
「なんでだよ…」
「あ、そうだ。さっきママから電話があって亜美ちゃんがいること伝えたら『良かったら夕飯ご一緒に』って」
「え?でも…」
「そうだよ亜美さん、食べて行きなよ。今日は冷やし中華だよ」
「そうなの?」
「ママが出て行く前にそう言ってた」
「わーい♪ね?亜美ちゃんも食べてって!ね?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「えへへ♪やったぁ♪」
嬉しそうなうさぎに亜美も微笑み返す。
そんな二人を進悟がやれやれと呆れたように見ていた。
それから亜美はうさぎの部屋に戻り、進悟も自分の宿題をすすめていた。
「うさぎー?進悟ー?水野さーん?お夕飯できたわよー?」
二時間ほどしてから廊下に育子の声が響いた。
下に降りると夕飯が完成していた。
「母さんいつ帰ってきたの?」
「五時くらいよ」
「そうなんだ」
「おぉっ♪ホントに冷やし中華だぁ~♪」
「そうよ~♪」
「こんばんは」
「水野さん、こんばんは」
「お夕飯までお邪魔しちゃってすみません」
「気にしないでゆっくりしていってね」
「はい」
その後、月野家の四人と亜美の五人で夕飯が始まる。
食事が終わってリビングでくつろいでいるとうさぎがテレビのチャンネルを音楽番組に合わせる。
「あぁ、今日はスリーライツが出るんだったわね」
育子が言うとうさぎがうんと言いながらテレビに視線を送る。
うさぎの隣に座った亜美も同じようにテレビを見るのをみた育子がくすりと笑う。
「あら?水野さんもスリーライツのファンなの?」
「え?あ、はいっ///」
「あのねママ、亜美ちゃんたらすごいのよ~♪ファンクラブの会員ナンバー25なんだよ!」
「まぁっ!そうなの?すごいわね水野さん」
「えっ/// あの///」
「それで?水野さんは誰のファンなの?やっぱり一番人気の星野君?どこかミステリアスな夜天君?それともインテリ系の大気君?」
「あのっ/// ~っ///」
「亜美ちゃんは最初っからずーーーーっと大気さん一筋だもんね?」
そう言ってうさぎが亜美にウインク。
「それに亜美ちゃんと大気さんてばいっつも学年一位だし」
うさぎが言うと謙之も驚いたように二人を見つめた。
「二人ともかい?」
「そうなの!すごいでしょ?」
「そうか。それはすごいな。じゃあ二人はライバルだね、水野さん」
「え?あ、そう、ですね」
少し戸惑ったような亜美に育子がくすくすと笑う。
「やーね。パパったら、もしかするとそれがきっかけで恋に発展するかもしれないじゃない」
「お?そうか。うさぎが星野君と付き合ってるって事は、水野さんが大気君と付き合うこともあり得るかもしれないな」
そう言って笑い合う育子と謙之。
「そう言えば水野さんは彼氏はいないの?」
「えっ!」
ピクリと進悟が反応する。気にしていないふりをしながら会話に意識を集中させる。
「水野さんなんだか綺麗になったわ、もしかしていい恋してるのかなぁって」
「あ、あの/// そのっ/// えっと///」
───ピンポーーーーーン
亜美がどう答えようか戸惑っているとチャイムが鳴った。
「……」「……」「……」
黙ってお互いを見つめ合う育子と謙之と進悟。
「……俺が出るよ」
進悟が玄関の方に行き、鍵とドアを開ける。
「ハイ、どちら様……」
「よっ!進悟くん」
「こんばんは」
「……は?っ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「進悟ー?どうした?誰が、おや?星野君と……なにぃっ!?」
「パパも進悟も大きな声出してご近所迷惑じゃ……きゃぁぁぁぁっ!」
「もうみんなうるさい!テレビ聞こえないでしょ!って、星野と、大気さん?」
「えっ!?」
亜美もひょこっと顔を覗かせると、星野と自分の恋人である大気もいて目を丸くさせる。
「大気さんと、星野君?」
「よぉ!おだんごちゃんと水野に勉強教えてもらったか?」
「あったりまえでしょ!今日のノルマはちゃーんとクリア出来たもんね!」
「俺も大気のおかげで順調だぜ!」
「あ、入って入って、大気さんもどうぞ?」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
リビングに月野家の四人と亜美と星野と大気が集まっていた。
「おだんごからメールで水野に勉強教えてもらって夕飯も一緒に食べるっつってたからまだいるだろうって思って、水野に連絡取れなくて落ち込んでた大気も連れてきた」
サラリと言う星野にギョッとして大気を見る育子と謙之と進悟。
「亜美」
大気の口からうさぎの親友である少女の“名前”が紡がれた瞬間に理解した。
「携帯の電池切れてませんか?」
「……そう言えば…昨日寝る時充電するの忘れちゃって」
亜美がポケットから携帯を取り出して開くと、そこには真っ黒の液晶が。
「今日くらい持つかと思ってたんですけど…ごめんなさい……」
「月野さんのところに行く事は聞いていたのでいいですよ」
謝る亜美に大気はくすりと笑う。
「うさぎの彼が星野君だって時と同じくらい驚いちゃったわ」
そういう育子に謙之も頷く。
「でも二人ともすごくお似合いだよ」
「ありがとうございます」「っ///」
笑顔で謙之に礼を述べた大気の正面では亜美が耳まで真っ赤になって俯いていた。
そんな楽しそうなやりとりを進悟はそれ以上聞きたくなくて、今まで見たことのない亜美を見たくなくて、静かにリビングをあとにした。
うさぎが進悟がいないことに気付き、亜美をそっと見てから席を立った。
───コンコン
「……はい?」
「進悟、ちょっといい?」
「姉貴?」
うさぎの声が聞こえた進悟は入るように言うとうさぎが入ってくる。
「なに?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「勉強なら亜美さんに聞けよ」
「ううん。そうじゃ、なくて」
「ってゆーか亜美さんとか星野兄ちゃんほっぽってていいのかよ?」
「今、ママとパパが話してるから」
「で、聞きたい事ってなんだよ?」
「あのさ、進悟…その…」
何やら言いにくそうにするうさぎを怪訝そうに見つめる。
「なんだよ?」
「進悟って…好きな子、いる?」
「……はぁ?いきなり部屋に来て何ワケわかんねー言ってんだ?バッカじゃねーの?」
進悟がくだらないとばかりにうさぎを睨む。
いつもならこうなれば言い返してくるうさぎが真剣な瞳で自分を見ていて進悟はたじろぐ。
「なんなんだよ…」
「進悟…もしかして亜美ちゃんの事…」
「っ!そんな事、姉貴に関係ないだろ!!」
咄嗟に怒鳴り返した進悟をうさぎが驚いたように見つめる。
その瞳がすべてを見透かしているように思えて、進悟はギリッと奥歯を噛みしめるとうさぎの背中を押して部屋から追い出す。
「出てけ!来んな!」
「あっ…」
バンッと乱暴に閉められたドアは今の進悟のようで、何があってもこのドアも心も開いてくれるつもりはないようだった。
「進悟…」
「おだんご?」
星野がいつの間にか二階に上がってきていた。
「どうした?進悟くんと何かあったのか?」
「星野…。ううん。なんでもないよ。進悟といつものケンカしただけ」
星野の心配そうな瞳にうさぎはいつものように明るく笑って一階に降りる。
(なんで気付くんだよ…バカうさぎ…)
“憧れ”だった亜美への気持ちはいつの間にか、進悟自身も気づかないうちに“恋心”へと変わっていた。
亜美の青い瞳に自分が映ることが嬉しくて、亜美に「進悟くん」と呼んでもらえることが嬉しくて。
「くそっ…なんだよっ」
亜美が自分の事をうさぎの弟としてしか見ていないことも分かっていた。
叶わない恋だとわかっていても、恋人がいることがわかっても。
だからと言って「はい、わかりました」なんて納得して簡単に諦められるはずなくて、だからこそ苦しいのだ。
でも、大気の隣で微笑む亜美がすごくキレイで可愛くて。
亜美を見つめる大気の瞳は、星野が自分の姉であるうさぎを見つめる時と同じくらいの優しさがある。
決していい加減な気持ちなんかではなく、本気なのだと分かってしまう。
お似合いだった。謙之の言うように本当に大気と亜美はお似合いだった。
「ちくしょ…っ」
進悟は小さく嗚咽を漏らす。
「それじゃあ長々とお邪魔しました。クッキーと夕飯ご馳走様でした」
「いいのよ、うさぎの宿題見てくれてありがとう。また来てね。大気君も」
「はい。ありがとうございます。失礼しました」
「じゃあな、俺はもうちょっとここにいるから」
「みなさんにご迷惑をかけないように」
「わかってるよ」
「亜美ちゃん今日はホントにありがとうね」
「ううん。あたしの方こそありがとう」
「それじゃあ二人とも気を付けて帰るんだよ」
「「はい」」
帰っていく大気と亜美を見送ったうさぎは星野と部屋に戻る。
元気のないうさぎを星野が心配そうに見つめる。
「おだんご、なんかあったのか?」
「ん…」
「進悟くん…か?」
「……」
「おだんごが風呂とか入ってる時に進悟くんとゲームしながら話してる時にさ」
「うん?」
「何回か水野達の話をしたことがあってさ」
「そうなの?」
「あぁ、その時に俺思ったんだ。進悟くんて水野の事好きなのかなって」
「え?なんで?」
「呼び方」
「え?」
「呼び方だよ。進悟くんは火野の事は『レイ姉ちゃん』、木野の事は『まこと姉ちゃん』、愛野の事は『美奈子姉ちゃん』て呼んでるだろ?」
どう呼ぼうか困っていた進悟に「うさぎちゃんの友達だから“お姉ちゃん”て呼んでもらいたい」と言い出したのは美奈子だった。
うさぎ以外は一人っ子のため、進悟をかわいがっていて、進悟もはじめは嫌がりつつも、結局その呼び方が定着したのだ。───亜美以外は。
「そう言えば、始めの頃はみんなと同じように『亜美姉ちゃん』て呼んでたけど……」
「きっと進悟くんの中で水野は“特別”だったんだろうな」
「……っ」
気付かなかった。一緒に暮らしているのに亜美に恋心を抱いていたなんて…。
「水野は気付いてないんだろうな」
「うん…あたしも知らなかった、今日、亜美ちゃんへの態度を見ててもしかしたらそうなのかなって思って……」
「そっか…」
「うん」
シュンと落ち込むうさぎの頭をポンポンすると、星野は部屋を出ようとする。
「どこ行くの?」
「進悟くんのとこ」
「あたしも」
「おだんごはダメだ」
「でもっ!」
「“野郎同士”、な?」
星野はニッと笑って部屋を出ると、進悟の部屋をノックする。
───ゴンゴン
「……」
「進悟くん?俺。起きてるだろ?」
「……」
「しーんーごーくーん?」
「……」
「水野にフラレて傷心中の進悟くん?」
「っ!」
───バンッ!
「おぉっ、元気じゃん」
星野は進悟の部屋に入ってドアを閉める。
「なんだよっ!バカうさぎに聞いたのか!?」
「違うよ。俺は進悟くんが水野のことを好きなんじゃないかってなんとなく知ってた」
「っ…嘘つくな!」
「進悟くんは水野だけ“さん”付けで呼んでただろ?」
「っ!?それはっ、それだけで分かるわけないだろ!」
「いーや、それだけで充分だ」
「なっ!」
「男は好きな女は自分だけの特別な“呼称”で呼びたいもんだろ?」
「……っ」
「だから進悟くんは水野だけは“亜美姉ちゃん”て呼びたくなかった。違うか?」
「そう…だよ…。好きだったんだ!小6の時からずっと!亜美さんはすっごい優しくてまっすぐで心がキレイで純粋で!俺の初恋なんだよ!」
───ガタン
外で聞こえた物音に星野が反射的に扉を開けると、そこにはうさぎと帰ったはずの亜美がいた。
「おだんごと、水…野?」
「あのね、亜美ちゃん進悟に渡したい物があるの忘れてたって、それで…」
亜美の青い瞳が驚愕に染まっていて、進悟は息を詰める。
(聞かれ…た…。絶対に言うつもりなんてなかったのに、なんで、こんな…)
星野が亜美を見て小さく息をつく。
大気の姿が見えないのはおそらく外で待っているからだろう。
ここに大気がいなくて良かったと思うべきか、いた方が良かったと思うべきなのか星野にはわからなかった。
ただ自分が大気の立場であればおもしろくないと思ったことだけは間違いなかった。
「……進悟くん」
みんながどうしていいのかわからず、何も言えずに続いていた沈黙を破ったのは亜美の静かな声だった。
「っ!」
「あの…っ」
亜美の瞳の奥の決意を見てとった星野は進悟の部屋から出ると、うさぎの手を引き彼女の部屋に入る。
「星野?」
「いいから」
「でも」
「おだんごが進悟くんのことも、水野のことも心配なのは分かる。でもこうなった以上、俺たちが口を挟まない方がいい。分かるだろ?」
不安そうなうさぎに星野は優しい瞳で言う。
「大丈夫だよ。おだんごの“可愛い弟”と“大事な親友”なんだろ?」
「っ、うん」
うさぎは頷く。
進悟は自分の部屋の中から廊下にいる亜美と向き合う。
ドアを閉めてしまうことも、亜美から視線を逸らせることもできずに、ただ亜美を見つめる。
「進悟くん」
「っ!」
「今まで、進悟くんの気持ちに気付けなくてごめんなさい」
亜美はぺこりと頭を下げる。
「進悟くんの気持ちはすごく嬉しい。あたしを好きになってくれてありがとう」
そして顔を上げて、進悟を見て少しだけ泣きそうに瞳を潤ませて、けれど涙は見せずに優しく微笑む。
「だけど、ごめんなさい。進悟くんのことは“男性として特別”には思えないです」
その声は透明で、その言葉は残酷な優しさだった。
「でも、うさぎちゃんの弟としてすごく可愛くて、大切には思ってるの。それだけは信じてもらえると嬉しいんだけれど」
そう言って少し、困ったように微笑む亜美に進悟はふぅっと息をはく。
あんな、感情をぶつけるみたいに吐き出した自分の気持ちを受け止めて、真剣に答えをくれた、どこまでも優しい亜美の言葉。
こんなに真剣に答えてくれてガキみたいに拗ねたりするのは、絶対にしてはいけないと思った。
けれど、だからこそ、ガキなりの意地とせめて少しくらいの背伸びを見せてやろうと思った。
「亜美さん」
「はい?」
「俺、亜美さんが俺を振った事を後悔するくらいに、星野兄ちゃんよりも大気さんよりももっともっといい男になるよ」
そう言ってうさぎに似たお日様のような笑顔を見せる進悟に、亜美はうんと頷いた。
「だから、さ。これから俺の事避けて家に来ないとかはやめてほしい」
「うん」
「また姉貴の勉強見に来てやってよ」
「うん」
「それから」
「うん」
「俺にもまた勉強教えてよ」
「えぇ。もちろん」
亜美はこくりと頷くと、何かを思い出したように手に持っていたクリアファイルからルーズリーフを何枚か取り出し進悟に差し出す。
「なに?」
「今日、進悟くんが苦手だって言ってたところの要点をまとめてみたの。良かったら使って?」
「えっ!?いいの?」
「もちろん」
「ありがとう。亜美さん」
亜美は進悟にこれまでと変わらない笑顔で微笑みかけた。
「ごめんなさい。お待たせしました」
月野家をあとにした亜美は大気にそう言って彼の隣に並ぶ。
「いえ、月野さんの弟さんに渡せましたか?」
「はい」
「……そうですか」
二人は並んで駐車場までの道を歩く。
「亜美」
角を曲がれば駐車場につく直前、これまで黙っていた大気が立ち止まり亜美を呼んだ。
「はい?」
大気は不思議そうに振り向いた亜美を抱きしめる。
「た、大気さん///」
「すみません……どうしても、我慢できませんでした」
「え?」
「月野さんの弟に、嫉妬したんです…」
「っ!」
「少し窓が開いていたので、月野さんの弟さんの言葉は全部聞こえてました」
「……っ」
「亜美がなんと返事をしたのかは聞こえませんでした」
聞こえていなくても、なんと答えたのかは察しがつく。
大気がそっと身体を離し、亜美の頬に触れる。
「さっきからずっと泣きそうなのを我慢してるでしょう?」
「っ」
「私の前で我慢する必要はありません」
「ーっ、っ」
「亜美」
大気の優しい声に亜美は涙をこぼす。
「ごめん、なさいっ…あたしっ」
大気は亜美を優しく抱きしめながら、進悟の言葉を思い出す。
『亜美さんはすっごい優しくてまっすぐで心がキレイで純粋で!俺の初恋なんだよ!』
(その気持ちはすごくよく分かりますよ)
自分も亜美のそんなところに惹かれたからこそ、進悟の言葉を聞いたときそう思った。
本当に水のように純粋でキレイで、優しさと、ひたむきさを持っていると。
卑屈になっていた自分にはまぶしすぎるほどに“水野亜美”はキレイだった。
そんな亜美に自分も初めての恋をしたのだから。
「亜美───愛しています」
亜美は小さくこくんと頷いて、ギュッと大気の背中に回した腕の力を強めた。
言葉なんてなくてもそれだけで大気には伝わる。
こうして月野進悟の淡い初恋は終わりを告げた。
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